⽇本有数の鞄づくりのまちである豊岡市にて、2006年に⽣まれたブランド「豊岡鞄」。博展では、2022年より同ブランドのブランディング・マーケティングプロジェクトを3年間伴⾛させていただきました。
ブランドステートメントやビジュアルガイドラインの策定から、Webサイトのリニューアル、SNS運⽤のほかにも、少⼦⾼齢化が進む豊岡市の鞄産業を未来につなぐプロジェクトとして、「豊岡鞄とつくる夢のかばんProject」を実施。⼦どもたちが考える「夢のかばん」のアイデアとデザインを募った同プロジェクトには、全国から173点の応募が集まりました。
豊岡鞄は、市内の鞄関連企業が所属する兵庫県鞄⼯業組合の審査に合格した鞄だけに認められるブランドです。本プロジェクトを進めるにあたっては、組合に所属する複数の企業の⽅々と、地場産業としての鞄づくりを⽀える市役所の⽅々との協業が必要不可⽋でした。今回は、4名の博展メンバーを含む9名のプロジェクトメンバーが集まり、プロジェクトの3年間を振り返るインタビューを実施。豊岡鞄の今後について語り合った取材当⽇の様⼦を、前後編に分けてお届けします。

左列:左から、豊岡鞄 玉那覇さん、宇野さん、博展 上田さん
右列:左から、豊岡鞄 藤原さん、植村さん、宮下さん、博展 中島さん

Index

「安かろう悪かろう」のイメージを払拭した豊岡発の鞄ブランド

−豊岡鞄は、2006年に豊岡市の複数の鞄関連企業が主体となって⽴ち上げられたブランドです。植村さんはブランド⽴ち上げ当初から関わられているそうですが、当時の背景についてお聞かせください。

植村:25年ほど前のある⽇、「⽇本にはもうメーカーはいらないのではないか?」と問屋さんに⾔われた経験が、豊岡鞄のブランドを⽴ち上げた理由として⼤きかったですね。当時はバブルが崩壊し、豊岡市の問屋さんが扱う鞄の8、9割が海外⽣産品になっていました。その頃まだOEMしかやっていなかった我々は、問屋さんからそんなことを⾔われてしまったことで、次の⼀⼿が打てずにいたんです。そこで、直接お客様や⼩売店に発信していくために、⾃分たちのブランドが必要だと考えました。
ちょうど同じ頃、地域と商品を結びつけてブランド化することができる、地域団体商標の取得が認められることになりました。当時、OEM中⼼の豊岡のものづくりは“安かろう悪かろう”と⾔われてしまっており、豊岡の名前を冠したブランドをつくったとしても誰も買わないだろうという意⾒もあったのですが、このまちの産業が⾼い品質のものづくりができること⽰していくためにも、組合の理事⻑と⼀緒にブランド化の話を進めていったんです。

兵庫県鞄工業組合 副理事長 植村さん

−2022年より博展は、豊岡鞄のブランディングとマーケティングに伴⾛させていただきました。ご依頼の背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

植村:ブランドを⽴ち上げてからは、まずは⾃分たちでなんとか⼒をつけなくてはと、⾃⼒で活動を続けていたんですが、徐々に限界を感じるようになっていました。豊岡鞄の運営は、兵庫県鞄⼯業組合の中にあるブランド委員会とシナジー委員会が担当しており、それぞれ組合に所属しているメンバーは、普段の業務と兼任しながら活動に関わっているため、どうしてもできることに限りがあるんですね。そろそろブランディングのプロにお任せしたいと考え、予算申請を市役所に提出したところ、無事に採択いただいたことでこのプロジェクトを始めることができました。当時まずは、豊岡市役所の振興課の宇野くんに話を聞いてもらいました。

豊岡市役所 宇野さん

宇野:豊岡鞄のブランドをもう1段上のレベルにしていきたいというご相談でした。ちょうどふるさと納税の売上が伸びていた時期で、豊岡鞄は特に好調だったということもあり、3年分の予算申請を通すことができました。今回市としては、補助⾦ではなくて負担⾦として拠出しているため、まるまるプロジェクトをお任せするのではなく、市の職員も参加することで、⼀緒につくり上げていくような進め⽅をしていきました。

−博展に依頼が来たきっかけはなんでしたか?

藤原(博展):もともとは私の出⾝が豊岡で、⽗が豊岡鞄の各メーカーさんや城崎温泉の旅館のWebサイトを運営する会社を経営しており、組合の⽅々とつながりがあったんです。ある時、⽗から「豊岡鞄のPRを博展でできないだろうか」と相談をもらったのが、そもそものきっかけでした。

博展 藤原さん

中島:最初は藤原さん⼀⼈でいろいろと頑張っていたようなんですが、デザインだけでは解決できないことがあるということで、僕らのもとに相談が来ました。いろいろと話を聞いていく中で、⼀度豊岡のみなさんとお話ししましょうということになり、ヒアリングのために実際に豊岡市に⾜を運びました。

−まずはどのようにプロジェクトをはじめていったのでしょうか?

中島:最初にみなさんとお話しした際には、とにかく豊岡鞄というブランドを全国区にしていくため、PRと広告に⼒を⼊れてほしいというご相談をいただきました。組合のみなさんの中で、豊岡鞄のブランドを成⻑させていきたい思いが共通していることは⼗分伝わってきました。その⼀⽅で、⼀⼈ひとりにお話を伺っていくと、豊岡鞄が⼤事にしている世界観や他のブランドとの違いなど、⼈によって答える内容がバラバラで、みなさんの中で豊岡鞄のブランドイメージや勝負していきたい強みなどが定まっていないのではないかと感じました。
同時に、当時のWebサイトを分析してみると、流⼊の数はそれなりにあったんですが、そのまま離脱してしまうユーザーが圧倒的に多いことが分かったんです。訪れたユーザーの受け⽫となるようなコンテンツやストーリー、そして魅⼒的に感じてもらえる世界観が当時はまだなかったので、まずはそれを整えることに注⼒しないといけないだろうと考え、プロジェクトの1年⽬の活動として、豊岡鞄がどのようなブランドなのかを定義し、今後の活動の拠り所やPR・広告の基盤を整えていくことを提案させていただきました。

博展 中島さん

「どこまでも、鞄であること。」

−その後、「どこまでも、鞄であること。」が豊岡鞄のブランドステートメントとして決定しました。提案までのプロセスについてお聞かせください。

中島:豊岡で働いているみなさんにお集まりいただき、インタビューやアンケートなどを元に外部および内部の環境分析を実施した上で、今後豊岡鞄が強みとして打ち出していけるものは何なのか、これからブランドとしてどうなっていくべきかなど、1⽇8時間ほどをかけて話し合うワークショップを合計3⽇間実施しました。その中でみなさんがお話しされていたことをもとに、これま
での豊岡鞄と、これからの豊岡鞄の姿を結ぶ「どこまでも、鞄であること。」というブランドステートメントにまとめていきました。みなさんの⾔葉のニュアンスから、「使い⼿のことをどこまでも想い、⻑く使っていただけるように細部までこだわり、品質の良い鞄であることにこだわり続けていく」そういったブランドの本質や皆様の意思を汲み取った上でステートメントに集約していったので、普段は様々な意⾒を持って会話されている皆様にも、この内容には納得いただけたんじゃないかと思います。

玉那覇:普段僕らだけでは話さないようなことについても議論する場だったので、依頼するべきところに依頼できたなと感じながら参加していました。

これまで豊岡鞄は、いろんな会社のいろんな種類の鞄を扱っていることがブランドの強みだと⾔い続けていたんですが、それだけではインパクトが弱かったですし、「KITTE丸の内」にある豊岡鞄直営店の販売員からも、お客様に対してブランドの魅⼒をちゃんと伝えられないという課題について聞かされていたんです。ワークショップを通してこのひとつの⽂章に表現されたことで、組合としての統⼀性が⽣まれたような感覚がありました。

藤原(ブランド委員会):ステートメントを提案いただく際には、組合の重鎮たちでも納得できるような説明を丁寧にしていただきました。簡単な⾔葉ではあるんですが僕らには思いつかないですし、確かに豊岡鞄ってそれがすべてだよなと、素晴らしいステートメントをつくっていただいたと思っています。

ブランド委員会 藤原さん

宮下:他の企業の従業員同⼠が顔合わせること⾃体、これまであまりなかったので、さまざまな現場の⼈がワークショップに参加してくれたことで、横のつながりが⽣まれたのもよかったなと思います。

中島:せっかくこういった機会をいただけるのであれば、普段話したことがないような⼈や、仕事以外の付き合いがないような⼈同⼠が、本⾳を共有し合えるような場にしたかったんです。なので、あえてこちらでグループを分け、投げかけたテーマについて4⼈1組で意⾒をまとめてもらうような形式のワークショップを実施しました。

豊岡鞄の「2つの品質」を伝えるビジュアル

中島:2年⽬からは、豊岡鞄のブランドを表現するための写真と⾔葉を精査していきました。Webサイトをつくるにしても、SNSで魅⼒的な投稿をするにしても、材料がまだない状態だったので、まずはブランドとしての⾒た⽬を整えるために必要な写真の撮影や原稿をしたためながら、Webサイトのリニューアル設計や、半年分のSNSの投稿計画をつくることに着⼿していきました。

宮下:写真のクオリティには本当にびっくりしましたね。撮影現場では、ちょっとした違いにひたすらこだわり続けていて、これがプロなんだなと感じました。⼀⽬では違いがわからないようなことにも妥協しないからこそ、あれだけ素晴らしい写真が撮れるんだろうなと。

上田:僕たちからすると、豊岡のみなさんこそ細部にまでとことんこだわった鞄づくりをされていると思うので、写真ではなるべくそのことを伝えていきたいなと思ったんです。豊岡鞄の審査会では基準を満たしているかどうかを厳しく検証されていますし、鞄の品質を地域全体で守ろうとしていること感じていたので、この姿勢を豊岡鞄のユーザーにもきちんと伝えるべきだと考えていました。そのために、品質感が伝わる写真の⾒せ⽅を検証し、豊岡鞄が掲げる7つの品質基準が感じられるように、鞄の寄りのカットを中⼼に撮影していきました。

中島:豊岡鞄の品質は、なにより職⼈のみなさんの⾼い技術⼒によって⽣まれているのはもちろんですが、今回の撮影では、豊岡鞄のもうひとつの品質についても提案させていただきました。⽣活者の⽬線からすると、ものとしてのよさだけではなく、それを持った時のワクワクする感情や、⽣活の中でどんな役割を担ってくれるかという期待感も、⼤事な品質のひとつだと思います。豊岡鞄はそういった⽣活者の気持ちに応えられるブランドであることも発信していくために、モデルさんを使い、鞄を持って出かける時の喜びや安⼼感が伝わるような表現や、鞄を持つ⾃分を好きになれるようなビジュアルを考えていきました。

ブランドの世界観に共感するフォロワーを増やす

中島:SNSについては、プロジェクトの開始前からアカウントはあったんですが、写真に統⼀感がなかったり、投稿内容がまちまちだったりと、Webサイトで豊岡鞄のことを知ってくれたユーザーが、同じブランドのアカウントだと感じられないような運⽤になってしまっている課題がありました。イメージを統⼀することでユーザーの離脱を防ぐことができるので、豊岡鞄の⼤事にしている価値観やブランドの良さが伝わる投稿内容に整えていくことを基本⽅針として掲げました。

玉那覇:これまでは店舗運営のスタッフがインスタグラムを運⽤していたんですが、個⼈の投稿になってきてしまっていたので、これを機にゼロベースでリニューアルすることができてよかったと思います。プレゼントキャンペーンなどの新規顧客を獲得していくような施策もご提案いただいたので、その度に組合員で協⼒して取り組む機会になりました。

磯貝:最初は2,000⼈ぐらいだったフォロワー数は、キャンペーンを実施するごとに増えていき、当初の⽬標として掲げていた5,000⼈を無事にクリアすることができました。はじめたばかりの頃は豊岡周辺のフォロワーの⽅々が多かったんですが、キャンペーンを広告としても配信する際に、フォローしてほしいターゲットの地域を設定したことで、⽬的としていた⾸都圏のフォロワーも獲得することができました。

中島:運⽤を始めたばかりの頃は、フォロワーの属性がバラバラで、なぜ豊岡鞄のアカウントをフォローしてくれているのかがわからなかったんですが、運⽤を続けてきたことで、有名鞄ブランドやファッションメディアをフォローしているような潜在顧客として親和性の⾼い新規フォロワーを獲得することができ、豊岡鞄をブランドとして認めてもらえている実感を徐々に得ることができました。もちろん数⾃体を伸ばすことも⼤事なのですが、豊岡鞄の世界観や価値観に共感をしてくれるフォロワーを増やすことができたのは、コミュニケーションの地盤を整えたことによるひとつの達成なのではないかと思います。

後編につづく>>

OVERVIEW

CLIENT兵庫県鞄工業組合
PROJECT「豊岡鞄」ブランディングプロジェクト

⽇本有数の鞄づくりのまちである豊岡市にて、2006年に⽣まれたブランド「豊岡鞄」。博展では、2022年より同ブランドのブランディング・マーケティングプロジェクトを3年間伴⾛させていただきました。