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INTRODUCTION
BtoB業界でも商談のオンライン化が進んだことにより、多くの情報はオンライン上で収集できるようになりました。一方で、ショールームや対面でのコミュニケーションには相対的に付加価値の高い体験が必要となっています。今こそ企業ショールームには言葉ではなく、企業の魅力を体験によって伝える役割が求められているのかもしれません。
工作機械メーカーであるスター精密株式会社(以下スター精密)は2020年9月に静岡県菊川市の菊川工場内に、工作機械事業部としてのソリューションセンターをオープン。3階建のこの施設はオフィススペースだけでなく、製品のデモや機械操作講習を行うスペースも併設しています。
このソリューションセンターにおいて博展は企画段階から関わり、空間デザイン、デジタルコンテンツ、映像制作、サイン計画など幅広く担当。翌年の2021年には国際的なデザイン賞であるRed Dot Design Award 2021においてBrands & Communication Design部門でRed Dot賞を受賞しました。
今回はプランナーの福坂、デザイナーの川口へのインタビューから、プランニングのプロセスや受賞の要因など、成功の舞台裏に迫ります。
OUTLINE
お客様をご案内する全ての空間を
建設会社とゼロから創るプロジェクト
福坂:
このソリューションセンターは製品の導入を検討しているお客様をご案内し、企業理解を深める展示や製品のデモをご覧いただいたり、導入前にお客様と共に試作を行ったり、導入後にはお客様に実践的な機械操作講習を実施したりと、外部のお客様をお招きして体験をいただく施設です。
この施設において博展は、スター精密がお客様をご案内する際に触れる全ての空間、コンテンツをデザインしました。
具体的には1Fのエントランスや工作機械のショールーム、そして2FのHistory展示や会議室などの空間デザインはもちろん、サイン計画やデジタルコンテンツ、映像制作など幅広く担当させていただきました。
川口:
また、このプロジェクトは内装だけのリニューアル工事ではなく、新たな施設の建設なので施設全体の設計施工を担当している建設会社さんと設計段階から関わらせていただきました。
つまり、外構を含めた建築空間のつくられ方から、空調・照明など、全てゼロからつくっていく刺激的なプロジェクトでした。
PLANNING
アナログな“モノ”を展示し、
企業のルーツを体現するショールームを目指す
福坂:
このソリューションセンターができる前はショールームという場所がなく、お客様を工場にご案内し、その一画で実際に稼働している製品を見せていたようなのですが、それだけではスター精密の魅力を十分に伝えられていないという気持ちがあったそうです。
そこで、「ソリューションセンターで伝えるべきスター精密の魅力とは何か」という問いからクライアントと意思疎通を始め、かなりの頻度で静岡の工場にお邪魔してコミュニケーションを重ねていきました。
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福坂:
ヒアリングを重ねていく中で、精密な加工を得意とする工作機械の高い技術力はもちろんのこと、機械自体の剛性、それらを裏付ける企業としての歴史、そして働く方々の実直さが見えてきました。
そこで、剛(強さ)・精(精密さ)・実(実直さ)というデザインを考える軸は目線合わせとして設定するものの、この場所のコンセプトを新しい言葉で飾る必要は無いという結論に至りました。強いて言葉にするならば、「スター精密 工作機械事業部を真っ直ぐに伝える場所」がコンセプト。ここに来ればスター精密の工作機械事業部の人、歴史、強みが全てわかるような場所にしたいと考えました。
川口:
企業の沿革や人、グローバルな事業展開などは更新性の高いデジタルコンテンツで訴求しましたが、時が経っても変わらない企業の核心は、それを象徴するアナログな“モノ”を展示することで、誰にでも直感的に伝わるよう意識しました。
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例えば、最初にお客様が訪れるスペースは、パネルやキャプションなどの説明的な展示を極限まで排除し、自動旋盤の実機を象徴的に置くことで“モノ”の存在を強調しています。
実はこの実機は約50年前に製造されたものですが、今もまだ現役で稼働できる状態だったため、ご縁あってそれをスター精密さんがお客様から譲っていただき展示しています。
一般的に工作機械の寿命は10年程度と言われていますが、こんなにも長く使い続けられるというのは、製品の堅牢性だけでなく、高い技術力も、大事に使われてきたというクライアントからの愛着も、この製品一つが物語ってくれています。
また、この展示ではスター精密が腕時計の精密部品を製造してきたというルーツに着想を得て、カチカチという時計の駆動音が流れています。
この展示物が動き続けている時間そのものが、さらに企業としての歴史や魅力を増幅させているのです。
福坂:
他にも、“1台の工作機から多様な部品を作ることができる”という製品の可能性をお客様に直感的に気づいていただくために、1本の金属棒材からできる部品サンプルを一直線に並べ、樹脂で固めた展示をしました。
これも「ひと目で伝えたいことが伝えられる」とお客様から高い評価をいただきましたね。
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川口:
また、デザイン性だけでなく、場所としての使いやすさも追求しました。
1Fのショールームは製品の入れ替わりが多く、さらには大型機械なので搬入出には広い導線やスペースの確保といった空間の自由度が求められました。そこで、ショールーム内には間仕切り壁を立てずに構成し、星の光のような点の照明だけで空間を区切ることで、空間の自由度とデザイン性を両立させています。
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KEY FACTOR
“垣根を超えた共創”が最大の成功要因
福坂:
振り返るとスター精密様、建設会社さん、博展がそれぞれの業務範囲の垣根を超え、共創したことが最大の成功要因だったと思います。
実は年代物の名機や加工サンプルなどの展示物は、こちらから展示方法を提案し、それを実現するためにスター精密さんに展示品やサンプルを集めてもらうなど、実現したいアウトプットに向けてお互いに手間を惜しまず共創できたことが本当によかったですね。
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一つ一つの内容や展示物に対して、博展が作って提供したのではなく、スター精密さんとディスカッションを重ね、お互いに納得した上で作り上げていったので、スター精密さんとしても「博展に作ってもらった」というよりも、「博展と一緒に作り上げた」という感覚になってもらえたと思います。
竣工後もこのショールームをもっとこんな運用をしたい、改善していきたいとご相談をいただいているのも非常に嬉しいポイントです。
川口:
私もスター精密さん自身に納得いただき、自社で運営していく場所としてイメージしていただくために、デザイン言語だけではなく、相手に伝わりやすい言葉を交えて会話することを特に心がけていました。
「洗練された印象にするために直線で構成します」ではなく、例えば「スター精密さんの製品を搬入出しやすくするには、直線のフォルムが有効です」というように、個人の感覚に頼るような印象論ではなく、相手が想像しやすいよう、使いやすさを交えて会話しました。結果として、そこには「スター精密”だけ”の機能美」が生まれています。
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今回はそれを実現するために博展からのデザイン提案だけでなく、建設会社さんからも建築デザインと内装デザインを両立させるための相談をいただくなど、お互いの専門性を信頼しつつ共創できたことも成功要因でした。
例えば2Fの実機展示では、展示物が主役となるように、それ以外のノイズ(給排気口や点検口など)は極力目立たないように納めていくなど、建設会社さんとの協業があったからこそ細部までこだわれました。
このように一緒に作り上げていく姿勢を評価いただき、今でもクライアントだけではなく、パートナーの建設会社さんからも新しいお仕事の声をかけていただいているので、そういった関係性は本当に嬉しく思います。
NEXT TRY
社会に影響する空間デザイン
より良い相談相手へ
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川口:
今ではBtoBの施設においても、社会的な意義が求められる時代だと思います。
これまでのように自社の魅力を伝えるためだけの空間ではなく、その空間が社会にもたらす影響力を考えながらデザインにトライしていきたいと思っています。
そのためには社会的に意義のある空間の在り方を示し、それが企業の価値として広く認められるためのデザインが必要。そのレベルまで博展のクリエイティブを高めていきたいです。
福坂:
私はアウトプットの手段や種類にこだわらず、まずはクライアントのよき相談相手になりたいと思っています。
特にBtoBの業界では、高い技術力を持っているのにそれをうまくアウトプットできずに悩んでいるというお話をよく伺いますが、その企業が持つ技術力の高さやユニークさをわかりやすく伝えたり、独自のアイデンティティを体現するようなクリエイティブを提案したり、博展からアプローチできるような課題はまだまだたくさんあると感じています。
なので、今後もクライアントとの対話を通して、課題の整理・価値やアイデンティティの再発見を重ね、企画からクリエイティブのアウトプットまで関わっていける案件を増やしたいですね。
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OVERVIEW
CLIENT | スター精密株式会社 |
---|---|
PROJECT | 菊川ソリューションセンター |
LOCATION | 静岡県菊川市 スター精密菊川工場 |
CREDIT
ディレクター | 三澤 幸由 |
---|---|
プランナー | 福坂 済 |
アートディレクター/空間デザイナー | 川口 周二 |
空間デザイナー | 山口 真優 / 藤原 慧茉 |
デジタルディレクター | 古田 克 / 加藤 亮 / 金 兌妍 |
プログラマー | 石川 空 |
グラフィックディレクター | 佐藤 恭子 / 倉科 充 |
プロダクトマネージャー | 加藤 大貴 |