2023年10月〜12月にかけて、東京銀座資生堂ビルで「和傘」をモチーフにしたウィンドウディスプレイが展示されました。博展は、資生堂クリエイティブの金内さんとともに、本ショーウィンドウディスプレイのデザイン・動作設計・施工を行いました。
1872年日本初の民間洋風調剤薬局として創業し、日本発のグローバルビューティーカンパニーとして知られる株式会社資生堂(以下:資生堂)は、日本で培われた感性や資生堂の美意識を世界に向けて発信し続けています。資生堂ビルのウィンドウディスプレイも、その「美の発信」のひとつ。今回は伝統工芸が持つ日本古来の美意識をテーマとし、京都の職人と共に和傘のツリーとリースを制作しました。
なぜ和傘なのか。今回のクリエイティブに込められた想いとは?この記事では、博展デザイナー伊藤さん、プロダクトマネジメント熊崎さん、デジタルディレクター三谷さんが、本プロジェクトの背景を語ります。
アートディレクター/ デザイナー
伊藤愛希
2018年博展入社。空間デザイナーとして、
ショーウィンドウや美術館でのインスタレーション、店舗デザイン、
バズイベントなど幅広く手がけている。
コンセプトからディティールまで一貫としたデザインで、
人々の記憶に残る空間作りが得意。
プロダクトマネジメント
熊崎 耕平
製作部勤務を経てプロダクトマネジメント部に所属。
インスタレーションや、美術館での展示など手掛ける。
今まで誰も作ったことのないものを形にすることが得意。
2024年10月現在TOKYO NODEで行われているPerfume展など
最先端のデジタル手法を用いた案件や、
全国各地の職人さんと共にものづくりを行う案件など、
難易度の高い案件に積極的に取り組んでいる。
テクニカルディレクター/エンジニア
三谷悠人
2021年博展入社。新卒から4年間
DI(デジタルインテグレーション)チームで
テクニカルディレクター兼エンジニアとして勤務。
多種多様なデジタルコンテンツの納品を経験し、
コンセプトや表現軸を重視した
設計・ディレクションを得意とする。
Index
- 使用者にしか見ることのできない竹骨や飾り糸に、和傘の「内なる美」が存在していると考えました。
- 実際に工房を訪れて、職人さんから学ばせていただくプロセスがあったからこそ、和傘の美しさを最大限に引き出せたと思います。
- デザインの世界観を保つために構造と動きを検証できていたことが、完成度に直結しました。
- 目的意識を共有し、信頼して任せられるチームビルディングがカギとなりました。
- 日本の伝統工芸と博展のクリエイターが組むことで、新たな可能性を生み出せれば、と思っています。
使用者にしか見ることのできない竹骨や飾り糸にこそ、和傘の「内なる美」が宿ると考えました。
伊藤:資生堂様から初めにお話をいただいたのは、2023年の4月頃。本プロジェクトのアートディレクターである資生堂クリエイティブ 金内さんより、「伝統工芸をテーマに、クリスマスシーズンに合わせたウィンドウディスプレイを制作します」というブリーフィングをいただきました。
資生堂様は、日本発のグローバルビューティーカンパニーとして「美しさ」を発信し続けています。ウィンドウディスプレイも、そのうちのひとつです。博展としては、まず資生堂様のブランドコンセプトから紐解き、新たな美の定義に取り組んできた企業姿勢を表現したデザインにすることを考えました。
デザインモチーフには日本の伝統工芸のひとつである「和傘」を選定し、クリスマスツリーとリースを制作することになりました。資生堂様は、それぞれの人が持つ特徴や自分らしさこそが美しい、という姿勢を貫いており、新たな美の定義を生み出し続けていらっしゃいます。今回はその対象を和傘に向けました。今回のディスプレイでは、和傘の使用者にしか見ることのできない竹骨や飾り糸をあえて露出させ、そこに【在る美】を引き出したデザインとなっています。構造をより美しく魅せるため、和傘が開いたり閉じたりする演出も取り入れました。
また、展示期間を終えて、ツリー・リースの一部部品は和傘工房さんにお返ししています。そもそも日本の伝統工芸とは、修繕を繰り返しながら何世代にも渡って使われ続けるもの。社会的にサステナビリティの重要性が増していることもありますが、今回ディスプレイに使用した和傘も、また次の場所で使われ続けることが大事だと考えました。
銀座という日本の買い物や消費の中心地で、「何世代にも渡って使われ続ける」和傘をモチーフとしたウィンドウアートを展示しました。街ゆく人々に対して、日本の伝統工芸の美しさやサステナビリティ、そして和傘のカルチャーを伝えたいという想いが込められています。
『在る美』の展示期間が始まってからは、現地で通りすがりの方の反応を観察していたのですが、多くの方が足を止めてくれていました。資生堂クリエイティブ 金内さんからも、「美しいことと、クリスマスツリー・リースという形状のわかりやすさ、そして日本の伝統工芸である和傘との和洋折衷のコラボレーションが、社会に受け入れられたのでは」とのお話をいただきました。海外からの観光客の方も含めて、銀座の街を歩く方々に「和傘が潜在的に持っている美しさ」を伝えることができて良かったなと思っています。
実際に工房を訪れて、職人さんから学ばせていただくプロセスがあったからこそ、和傘の美しさを最大限に引き出せたと思います。
–数ある伝統工芸の中でも、なぜ和傘に着目したのでしょうか?
伊藤:最初のブリーフィングをいただいてすぐに、もう一人のデザイナー 鍋田と一緒に、モチーフ選定のためのアイデア出しを始めました。日本の伝統工芸の事例を集め、イメージを膨らませるためのコラージュを作ります。コラージュは100パターンくらい作りました。資生堂クリエイティブ 金内さんとは毎週の定例会を設けて、今回のテーマに適したモチーフを絞り込んでいきました。
和傘×クリスマスツリーをモチーフにしたコラージュとCGでのスタディ
伝統工芸についてリサーチをしていく中で、「クリスマス」と「和傘」には親和性があることがわかりました。諸説ありますが、クリスマスツリーとリースは、永遠の象徴や豊作、幸福などの祈りが込められているオブジェクトです。一方で、古来の日本における和傘も、魔除けや幸運の祈願のための道具でした。当初は雨除けを目的とした道具ではなかったんですね。同じようにルーツとして神聖な意味を持っていたことから、今回のウィンドウアートのモチーフには和傘を選択しました。
モチーフが決まった後は、実際に和傘を作っていただく工房を探します。今回はプロダクトマネジメントの熊崎さんに紹介してもらった、株式会社日吉屋(以下:日吉屋)さんにお声がけしました。
熊崎:日吉屋さんは、江戸時代後期より続く、由緒ある京都の和傘工房です。お花見のようなイベントで使われる野点傘なども扱っているので、博展の古いパートナー会社でもありました。以前別のプロジェクトでもオリジナルの和傘制作を依頼したことがありますが、伝統工芸でありつつ、新しい技術や素材も積極的に取り入れて現代風にアレンジをしてくださる職人さんたちです。なので今回のプロジェクトが始まった当初から、「一緒にやるなら日吉屋さんがいいな」と思っていたんです。
伊藤:早速デザインチームで作ったコラージュやモックを持って、プロジェクトの概要を説明しに伺いました。担当者の方からは「面白いね!」と好意的な反応をいただきました。和紙を貼らずに竹骨と飾り糸を露出させて美しさをさらに引き出したい、というお願いにも全力でお付き合いいただきました。ただ、初期のデザインはかなり攻めた設計になっていたので、「構造的に実現が難しいかも」とも。
熊崎:そこで和傘の構造について学ぶために、僕とデジタルディレクターの三谷、デジタル制作パートナーの赤川さんの3人で、日吉屋さんの工房を訪問しました。その際モーターも持ち込んで、実際に傘の開閉を電気信号で動かすテストもしています。こうして制作メンバーが実物の傘に触れながら、今回のテーマである「傘の外側の美しさを支えている、傘の内面にある美しさ」について、職人さんたちとの会話を通して学ぶことができました。実際に工房を何度か訪れて、職人さんから学ばせていただくプロセスがあったからこそ、本作品の美しさを最大限に引き出せたのだと思います。
デザインの世界観を保つために構造と動きを検証できていたことが、完成度に直結しました。
熊崎:実は、僕と三谷はもともと「傘」というものにすごく興味があって(笑) 今回のプロジェクトはワクワクしながら取り組めましたね。
三谷:僕は学生の頃から機構とデザインを両立させた作品づくりを行っていて、それが今の博展での仕事にも直結しています。その中でも「拡張と収縮」の動きを特徴とする傘の構造には長年魅力を感じていて。学生時代から傘をモチーフにした作品ばかり作っていました。『在る美』は自分にとっての伏線回収のようなプロジェクトになりました(笑)
伊藤:三谷が傘好きなのを知っていたので声をかけました。個人的な「好き」や「興味」を仕事に活かせる環境があるのはすごく良いですよね。
熊崎:工房を見学してからは、僕たち制作チームは傘の開閉の動きについて設計を進め、同時並行でデザインチームが傘の美しさや魅せ方についてデザインを進めました。仮組検証の際には、日吉屋さんの職人さんを、T-BASE(江東区・辰巳の制作スタジオ)にお呼びして、傘のプロポーションや竹骨・飾り糸の調整を一緒に行っていただきました。
和傘には伝統工芸として培われてきた美しさがあって、それをアレンジしすぎると傘には見えなくなってしまう。「和傘」として認識されるラインを超えないためには、柄の太さやろくろ(傘の骨を束ねるパーツ)の形状はどうあるべきなんだろう?そんな会話をしながら、空間的なデザインと機構や構造設計を合流させていく過程はすごく面白かったです。
三谷:今回のウィンドウアートにおいては、主役はあくまでも和傘の内なる美。裏側の竹骨や、飾り糸の開く様子を魅せるため、裏方として「引き立てる動き」を作る必要がありました。大きい傘なので、開閉に結構なパワーがかかるんです。そのためにはどのくらいの大きさの機構を仕込まなければいけないのか。最終的にそれが見栄えにも関わってきます。
傘が生きていて、自ら開閉しているような……そういった意匠性や世界観を保つために構造と動きを検証できていたことが、今回の完成度に直結したと思います。
伊藤:「デザインの意図や世界観を考慮して設計ができる、制作ディレクターやエンジニア」は貴重な存在です。熊崎さんや三谷さんのような方がいることをもっと社内外に知ってもらえたら、と思います。
目的意識を共有し、信頼して任せられるチームビルディングがカギとなりました。
熊崎:目的の共有に時間をかけずとも、コンセプトやテーマ性を理解できる感性を持ったメンバー・パートナーが揃っている。このチームビルディングがカギだったと思います。そして和傘職人さんとの会話を通じて、この目的意識はさらに強固なものになりました。あとはそれを実装するために、一つずつ課題をクリアしていく感覚でしたね。
三谷:デザインと設計を考えるメンバーが密接なコミュニケーションを取りながら、一貫して社内でチャレンジできることは武器だと思っています。コンセプトが優れていたのはもちろん、チームメンバーがお互いに信頼して任せることができました。各々が「100点の和傘」を目指していたからこそ、完成形を見たときには想像していた以上に魅力的に感じられました。
伊藤:資生堂様のウィンドウディスプレイは、これまでにも博展の偉大な先輩方が取り組んできたプロジェクトです。どれも資生堂様の美を体現している優れた作品だったので、今回デザインを担当するうえでプレッシャーもありました。それでもこうして魅力的なウィンドウアートを完成させることができたのは、博展のチームワークの良さ、そしてアートディレクターである資生堂クリエイティブ 金内さんと、オリジナルの和傘を実現させてくださった日吉屋さんの存在があってこそです。私が博展に入社して以来、一番楽しかったプロジェクトになりました。
日本の伝統工芸とクリエイターが組むことで、新たな可能性を生み出せれば、と思っています。
熊崎:今回職人さんとの会話を通して、彼らが年月をかけて受け継いできた和傘の技術、造詣の深さにはすごく刺激を受けました。和傘の竹骨は1本の竹を割いて作られるので、傘を閉じるとまた1本の竹に戻るとか。開いた姿の美しさだけでなく、閉じた姿の美しさも重要なんです。職人さんとの関わりの中で、そういったポイントを理解できたからこそ、作品に深みが出たのではないかと思います。
また別の観点で、職人さんから「面白い!」と言っていただけたことがあって。実は和傘のろくろというパーツに使われているエゴノキは、絶滅危惧種に指定されています。
今回のプロジェクトでは、オリジナルの和傘制作にあたって、金物切削や3Dプリンターでを取り入れ制作を行いました。
「これまで木彫りで作っていたろくろは、別の手法で再現できるかもしれない。また、強度を挙げれば、ろくろの構造・技術を傘以外のものに転用できるかもしれない。」職人さんとの会話の中で、そんな可能性が見えてきました。
僕は別のプロジェクトでも、日本各地の伝統工芸の職人さんとコミュニケーションを取らせていただいています。今回『在る美』の制作で、和傘職人さんと一緒にものづくりをしたことによって、さらに視界が開けた感覚があります。
伊藤:伝統工芸の職人さんには、資源の枯渇や後継者不足をはじめとする様々な課題を抱えている方がいらっしゃると知りました。そういった職人さんと、私たち博展のような企業・クリエイターが組むことで、技術の補填やプロダクト開発など、新たな可能性を生み出せれば、と思っています。これからもその物や技術自体が輝いて、人々の記憶に残るような空間やインスタレーションを作り続けたいです。
■AWARD
本プロジェクトは、世界三大デザイン賞の一つ「Red Dot Design Award 2024」にて、グランプリを受賞したほか、
世界で最も歴史のある広告デザインの国際賞「第103回 NY ADC賞 (the 103st ADC Annual Awards)」にて、Architecture / Interior / Environmental Designカテゴリー部門の「Bronze」を受賞。
また、世界的な空間デザイン賞「FRAME AWARDS 2024」のWindow Display部門の部門最高賞「Window Display of the Year」も獲得しております。
さらに、日本最大級のデザインアワード「日本空間デザイン賞2024」にて、ショーウインドウ・アート空間部門において金賞を受賞し、さらに金賞12作品の中から3作品のみが選出されたグランプリ大賞「KUKAN OF THE YEAR 2024」を受賞いたしました。
アワード名 | 受賞実績 |
Red Dot Design Award 2024 | Brands & Communication Design 「グランプリ」 Spatial Communication「Best of the Best 2024」 |
FRAME AWARD 2024 | 「Window Display of the Year(RETAIL‐Window Display)」 |
日本空間デザイン賞2024 | 「KUKAN OF THE YEAR/日本経済新聞社賞」 ショーウインドウ・アート空間「金賞」 |
第103回 NY ADC賞 | 「Bronze」 |
第43回 ディスプレイ産業賞(2024) | 「ディスプレイ産業優秀賞(経済産業省大臣官房商務・サービス審議官賞)」 |
■CREDIT
CREATIVE DIRECTOR:信藤 洋二(SHISEIDO CREATIVE)
ART DIRECTOR / DESIGNER:金内 幸裕(SHISEIDO CREATIVE)
DESIGNER:伊藤 愛希、鍋田 知希(HAKUTEN)
PRODUCER:楯 誠志郎(HAKUTEN)
CREATIVE ENGINEER:三谷 悠人(HAKUTEN)赤川 智洋(A-KAK)
TECHNICAL DIRECTOR:熊崎 耕平(HAKUTEN)
CONSTRUCTOR:新宮 海生(HAKUTEN)
PHOTO:林 雅之
MOVIE:鈴木 一平
SPECIAL THANKS:株式会社 日吉屋
OVERVIEW
CLIENT | 株式会社資生堂 |
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PROJECT | 在る美 |
VENUE | 東京銀座資生堂ビル |
東京銀座資生堂ビルでは、2023年10月〜12月にかけて「和傘」をモチーフにしたウィンドウディスプレイが展示されました。博展は、資生堂クリエイティブの信藤さん、金内さんと、本ショーウィンドウディスプレイのデザイン・デジタルディレクション・施工を行いました。 1872年日本初の民間洋風調剤薬局として創業し、日本発のグローバルビューティーカンパニーとして知られる株式会社資生堂は、日本で培われた感性や資生堂の美意識を世界に向けて発信し続けています。資生堂ビルのウィンドウディスプレイも、その「美の発信」のひとつ。今回は伝統工芸が持つ日本古来の美意識をテーマとし、京都の職人と共に和傘のツリーとリースを制作しました。 |